店を出たあと
今までいろいろな国を旅してきたが、日本人ほど食べることばかり考えていて、食べ物へのこだわりや執着が強い民族はいないのではないかと思っている。
だがこれは必ずしもメリットばかりとは言えなくて、TVの情報番組では食べ物の話題を扱うことが多く、観光旅行では名所旧跡そっちのけで、ご当地グルメや宿泊先のホテルの食事ばかりが フィーチャー(feature)される。
そしてメディアやSNSで取り上げられた飲食店にお客が殺到し、一年先まで予約が一杯なんてお店もざらにある。今年娘②と訪れた『乙女寿司』もそんな予約の取りにくいお店のひとつだった。
この記事を書いた時は、念願のお店で食事をしたという感動補正全開だったが、今になって思うと、店内の雰囲気は、大将の一挙手一投足を固唾を飲んで見守るような…食事をするというより巨匠の作品を鑑賞するような緊張感に包まれていた。
今でも覚えているが、つまみも寿司も細部まで行き届いて非の打ち所がなかった。だがしかし…店を出たあとの娘②との会話でわたし自身が、大切なものを見落としていたことに気づかされた。
“料理“とは…時間やお金のことなど気にせず、時にはひとりで、時には大切な家族や友人と共に、『心から美味しいを愉しむ』ためにあるということを。
そこにはさしたる蘊蓄など必要ない。ただプロの料理人が丹精込めて作り上げた作品とそれに合う美味しいお酒があればいいのだ。
娘は言った。
「確かにここも美味しいけれど、有休取って交通費とホテル代掛けるくらいなら、H(娘)のいきつけのお店(東京)でいいと思う。次はそこに行こうね』と。
実は某日わたしの誕生日で、とうとうアラカンの仲間入りを果たした。とはいえそれにかこつけて誰かに祝って貰おうとかそういう気持ちはさらさらない。でも、家族の思いはまた違っているようで、娘①から、お祝いのメッセージと可愛らしいプレゼントを貰い、先日の宮古島の旅行の際、早速使わせてもらった。でも、楽天とかAmazonのリンクを貼るようなものではないし、『これ貰いました!!』などと大袈裟にアピールするつもりもない。
これはわたしの個人的な感覚だけれども、本当に大切な家族との出来事をこんなブログに載せるなんて安っぽいことはしたくない。多分それがわたしの矜持なのだ。
うわーちょっと呟くだけのつもりがまただらだらと書いてしまった。さて痺れを切らしている方もいらっしゃるかもしれないのでそろそろ本題に入るとしよう。
千住 しげ
この日は年内最後の治験日だった。というか延長がなければ次の電話でのモニタリングをもって終了となる。
治験薬の投与自体はもうかなり前に終了しているので、今は以前の食欲が復活してきてヤバいことなっている。それもあって旅の資金稼ぎも兼ねてパートをすることにした。そして仕事の時はなるべくお弁当を作って持っていくことにしている。
治験を終えたあと、前日から何も食べていなかったのでスタバで軽食を取り、娘②にお弁当を頼まれていたので新宿の駅ナカで購入後、娘の部屋に向った。彼女は現在もテレワーク継続中で、その日の業務終了後に、いきつけのお店に連れていってもらう流れ。
娘が仕事をしている間、わたしはニアと神田川沿いの遊歩道を散歩した。今はなかなか紅葉が綺麗だった。1時間以上歩き回ったのでニアは満足げ。そのあと少し昼寝をしていたらあっという間に夕方になった。
娘②の業務終了後、最寄駅から電車を乗り継いで、北千住駅で降りた。わたしは北千住で降りるのは初めてなので、まるでお上りさんのようにあちこちキョロキョロしながら娘について5分ほど歩いたところ…とある雑居ビルの5階にそのお店はあった。
大将と娘②の会話から、今日は珍しく予約のお客が遅い時間に集中しているようで着いた時にはわたしたち一組だけの貸し切り状態。こちらはメニューがあるのはドリンクだけで、大将のおまかせで、つまみとお鮨という構成。本当は日本酒と行きたいところだが、明日は仕事で宮古島の旅行以降ほぼ休み無しだったので、ここは可愛く梅酒ロックから。
まずはヒラメ。こちらは、お醤油とお塩それぞれでいただく。どこのお塩か聞くのを忘れてしまったが、天ぷらを塩で食べたことは何度もあるが、お刺身を塩で食べた記憶がない。うちには娘のモンゴル土産のピンクソルトがあるので、自宅でお刺身を食べる時にも利用してみようと思った。ちなみにこれはご覧の通り、普通の精製塩ではなく、ミネラル豊富な岩塩。
器もそれぞれに味があってわたし好み。以前茶道を嗜んだことがあるので、こういう素朴な風合いの器には目がない。大将によると唐津焼の逸品なのだとか。
そして肝心のヒラメであるが、淡白ながら濃厚且つ上品な旨味と歯ごたえがあり非常に美味。
そしてカマス。わたしカマスの干物が好きで朝食によく登場させるのだが、炙りで食するのは始めて。程よく脂が乗っていてカマスの美味しさを炙ることで極限まで凝縮させた感じ。もうお寿司を食す前からテンション爆上がりだ。
うおーこれ何だかわかります?これはあの高級魚のクエ。以前、長崎のハウステンボスの日航ホテルでそれほどの高級魚とは知らずにクエ鍋を食したことがあるがそれ以来だ。
クエが高級魚と言われる所以は、そもそも漁獲量が少なく流通量も限られているから。また、クエは成長スピードが遅く、1年で15センチほどしか成長しない。単価の高い10キロ以上になるまでに15年、全長1メートル以上、体重40キロ以上の超大物となると、実に30年以上という年月を要する。
味は淡白な白身のひと口サイズながら濃厚な旨みがあり、脂がのっておりながら上品な味わいがある。こちらは特製のタレと一味唐辛子で既に味付けされていたのでそのままいただく。
そして次は、セコガニとウニをよく混ぜて食した。
セコガニとは、ズワイガニの雌を指し、漢字では「勢子蟹」と書く。地域によってさまざまな呼び名があり、兵庫県や福井県では「セイコガニ」、京都府丹後地方では「コッペガニ」、北陸地方では「香箱ガニ」、鳥取県では「親ガニ」などと呼ばれている。
セコガニは、資源保護の観点から漁期が11~12月の約2カ月間と短く幻のカニとも呼ばれる。
そういえば、6月に乙女寿司に行った時、今度はママ友と行ってみようとこのカニの時期に予約を入れようとすると既に満席だったことを思い出した。考えてみれば予約の取れない人気店でカニの解禁の時期に安易に予約を取ろうなどと認識不足もいいところ。
ということで、乙女寿司で旬のセコガニにありつくことは出来なかったが、ここ東京・“千住 しげ“で、はからずも旬のセコガニを堪能するという幸運に恵まれた。
たまに北海道に住む方から内地の食について『北海道から東京までは距離があるから生鮮野菜や魚介やジンギスカンはどうしても鮮度が落ちるよね』など言われることがある。
確かに冷凍技術の発達していなかった昔ならそれもあるかもしれないが、今はむしろ、漁船で釣って、生きたままイケスに放り込んでおくより、素早く活け〆して血抜きをするほうが鮮度を長く保てるということは素人でも知っていること。
肉に至っては、死後硬直時の筋肉が収縮した状態では硬く食用に適さない。 硬直した筋肉をさらに放置しておくと硬直がとけて軟らかくなる。 これが肉を熟成させるということで、一般に、硬直が完全に解除した状態のものが食肉として市販されている。
うちの近所に資生堂パーラーで以前シェフをやっていた人がいるのだが、近所のスーパーの肉が精肉店のそれと比べて食味が劣るのは熟成が足りないからと教えてくれた。
もちろん野菜に限って言えば産地の朝採りに敵うものはないに違いないが、それを言ってしまうと、いくら北海道があらゆる作物の採れ高が全国屈指と言えど全ての作物をカバー出来る訳ではない。なので見当違いな“鮮度至上主義“は自らの無知を露呈するだけだと思っている。
そして、結論として何が言いたいかというと、今は活け〆などの鮮度保持や瞬間冷凍などの目覚ましい発展により、少なくともこの狭い日本の国土の中において、多少金額は上乗せされたとしても、とりあえずは東京の豊洲市場辺りに上物が入ってくるのではないだろうか。
そしてここで娘②のコメントが生きてくる。
『有休取って交通費とホテル代掛けるくらいなら、H(娘)のいきつけのお店“千住 しげ“がいい』
ここで誤解を招くといけないので少し言及させていただくと、わたしたちは何も『乙女寿司』を貶めている訳ではない。いやむしろ、あそこで食べた時間は今でもわたしの宝物である。そして実はあの時点で来年の予約を入れてある。次回は娘②とではなくママ友とだが。
ただ時間とお金は有限なので、まだ若い娘からしたら同水準の“仕事“ならば、近いに越したことはない。って、寿司好きな娘ったら、近いうちまたここに来るらしい(´ω`)
やだー余計な話しまくりwww
まだまだつまみは続く。
これは太刀魚の炙り。添えられた玉ねぎがいいアクセントになっている。もう出てくるもの全て旨いとしか言い様がないわ。
今日は飲まないつもりでいたが結局、自分だけどんどん頼んじゃってるし。娘②は真面目な社会人なので、最初の一杯だけ付き合ってくれてあとはひたすらお茶をお代わりしていたのに。
まあ娘よ。今日は誕生日祝いということで大目にみておくれ/(^o^)\
などと軽口をたたいてる間に、“いくら“だよー。これまたプチプチ食感が堪らない。
そして、煮だこ。これも柔らかくて旨みがぎゅっと凝縮されている。
そしてつまみの〆の茶碗蒸し。
さてここからやっと握りに入るのだが、あれこれ考えるより、純粋に楽しんでいたのでさらっと。
上段左からカスゴダイ、サワラ、下段左がいわし、マグロ。
次の画像は、上段左から中トロ、いか、下段左から大トロ、コハダ。
お任せコースの〆は車海老。そしてあら汁。一見何の変哲もないように見えるが、こんな濃厚な旨みがあり、全く魚の生臭さを感じられない上品なあら汁を食したことがない。
そしてここからは追加のオーダー。上からアナゴ、カワハギ、のどぐろ、ムラサキウニ、卵焼き。
どれもこれも美味しかったが、わたしが一番気に入ったのは、“のどぐろ“かしら。青森のムラサキウニは、本来今は禁漁の時期なのでなかなか出回らない貴重なものなのだとか。いまさらなのだが、娘②の大好物がウニだということをこの日初めて知った。
さてさて、本日はこれでおひらきとなった。ちょうどわれわれが帰る頃に、30分ほど遅れたインバウンドの予約客が入ってきた。十分堪能したあとだったのでもちろん大勢に影響はない。
そしていよいよ会計なのだが、ここで娘の常連らしい振る舞いにちょっとばかり驚かされた。彼女今日は最初に梅酒サワーを飲んでずっと“あがり“を飲んでいたということで『大将に1杯つけてください』と言っていたのだ。なるほど、そういうのが大将の仕事を労うちょっとした心遣いなのね。庶民なきょうさんなので大変勉強になり、加えてゴチになりました!!
本日の会計は2人で渋沢さんが4.4人ほど。
一見するとお高く感じられるが、前回の乙女さんが諭吉さん5人だったことを考えると、こちらに明日もう一度伺うことも十分可能な金額なので、大変コスパがいいと感じられた。
ってことで来年、ママ友と乙女さんに行って、そのあとまた“しげ“さんに行ってみようと思った。
お寿司が素晴らしいのは言うまでもないが、何より気さくで話しやすい大将の人柄がこの店の雰囲気を和ませてくれている。
この店で、気のおけない友人と美味しいお鮨をつまみながらかけがえのない時間を愉しめたならこの上ないくらいハッピーになれそうな気がする。
そして娘よ、今夜もありがとう。
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