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自慢は知恵の行き止まり

時に、自分を大きく見せようとする人は、会話の中に「自分はいかに頭がいいか」「自分はいかにものを知っているか」「自分はいかに仕事ができるか」「自分はいかにお金を持っているか」「自分はいかに人気があるか」「自分はいかにすごい人と知り合いであるか」といったことを、ちょくちょく盛り込んできます。

実際に仕事ができたり、お金などを持っていたりいる人の場合は、「自慢をしている」ということになり、そうでない人の場合は、「嘘をついている」「話を盛っている」もしくは「自分の実力を高く見積もりすぎている」ということになります。

そして、自慢であろうと嘘であろうと、その話を聞かされる相手はひどく疲れてしまいます。

まず、自分を大きく見せようとする人は、往々にして、会話の相手を「自分の観客」にしてしまう傾向があります。

相手に口を挟む隙を与えないどころか、ほかの人が話しているときに、会話を横取りしてまで「自分がどれほどすごい人間なのか」をアピールし、しかも「否定することは許さない」という空気を前面に出してくることが、しばしばあります。

そうなると、相手はただうなずき、同調することしかできず、嘘や矛盾に気づいても、なかなか疑問を口にすることができません。

その結果、「どうして自分は、こんな話を延々と聞かされ、しかも話を合わせなければならないんだろう」「これは何の罰ゲームなんだろう」という気持ちになり、時間とエネルギーを吸い取られたような感覚に陥ってしまうのです。

中には、そこまであからさまでなく、会話の節々にさりげなく自慢などを盛り込んでくる人もいますが、その場合も、何度も同じ話を聞かされたり、そのからくりに気づいたりすると、相手は「またか……」とだんだんうんざりするようになります。

自慢ばかりする人は、周りの人から嫌われやすいので、自慢は程々にしないといけないと思っている人は多いでしょう。

古来より日本では、“自慢するよりも謙遜する方が美徳“とされており、人に長々と自慢話を聞かせるのはみっともない行為だと捉えられていました。ただ昨今のSNS全盛のご時世になるにつれ、“自己肯定感“の名の下に、“言ったもん勝ち“、“目立ったもん勝ち“な厚かましい自慢のゴリ押しをするほうが、得をするように見える風潮に変わりつつあります。

しかし、わたしは、本当にこのままでいいのかと思っていました。そして、そんな時この諺を思い出し、改めて心に留めておこうと思ったのです。それが…

「自慢は知恵の行き止まりです。

これは、人間は自慢をするようになると、高慢になるばかりで進歩向上しなくなるというたとえです。

人間誰しも、たとえ年を重ねたとしても、いつまで若々しくありたいと願うものだと思います。そして、それは外見だけに止まらず、内面、つまり脳の働きが活発で、物事を柔軟に捉えることが出来る力を持ち続けること…すなわち日々進歩向上していく自分を思い描くことによって保たれるものだと思うのです。

今の現状に満足し自慢する暇があるなら、より多くの知識や経験を積み重ねていくほうが世界が広がり、視野も広がっていくのではないでしょうか。

視野が広がっていけばより多くのものが目に入るようになり、世界は広くいかに自分がちっぽけな存在なのか自ずと知ることになるでしょう。

そして、自然と“自慢ばかりする人“に対する捉え方も変わってくるでしょう。

あ、『この人って行き止まり?』なーんてね(^^)

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

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