ランチタイムに

ランチはいつもみんなで社内の長テーブルで。手作り弁当やコンビニから調達してきたものを持ち寄って食べている。

今日はコンビニのプラスプーン等が有料になるって話で盛り上がった。

捉え方はひとそれぞれだと思うが個人的にはアホかと思う。

レジ袋有料も、プラグッズの有料も将来的には仕方ないかと思うけれど今じゃないでしょ。

テレワークして自宅にいるひとには関係ない話かもしれないが、外出する時にエコバッグ、マイスプーンを持ち歩くとか、、、それでなくとも、マスクやそれを入れるマスクケース、除菌グッズなど持ち物がどんどん増えているのに。

昨日得ることが少ない上のひとの件について触れたけれど、あの大臣が何かやった感を出すために一般国民の便利さが犠牲になっているのかなと思う。

ホント面倒くさいったらありゃしない。政府の偉いひとたちは、コンビニ弁当などには縁がないのかしら。料亭とか高級レストランはプラスチック製品とはいかにも無縁な気がするし。

無縁といえば無縁なひとからすると、インスタなどで、ちょっとした日常を晒しているひとに対するマイナスな感情もいろいろあるのだなあと感じさせられた。

先輩が、飛行機のビジネスクラス以上の人たちがプライオリティタグをつけていることや、優先搭乗のことや、それによって自分たちは特別なんだと思ってる云々。

レストランで食事した写真を載せたり、旦那さんから愛されてる自分アピールする投稿などなど。いろいろと苦々しく思っているということが分かった。

たしかにひとって、本音のところでは、他人の幸せを見せつけられても、だから何?ってしまう生き物なのよね。

でも、そんなこと思ってるなんて知られるのもまた自分の小ささを晒けだすようでみっともないから、いいねと大人の対応をしている部分もあると思う。

だからわたしは先輩からブログやインスタを見たいと言われてもやんわりと話をそらすことにしている。

最近は飛行機に乗る機会もすっかり減ってしまって、優先搭乗も、プライオリティタグも必要なくなっているけれど、実は利用出来るとか、たまに素敵なホテルに泊まってクラブラウンジで優雅にすごしているとかそんな写真を見せたとしたらどう思われるかわかったものではない。

別にわたしは自分を特別だなんて思っていない。むしろ、特別とか特別じゃないとかそういう括りがイヤかな。

人生は長いようで短い。そして無駄に長生きしていつ生活に困窮するか分からないご時世だから、出来る時はやりたいことをやればいいんじゃないかと思っている。

他人がどう思うかのために生きるより、今自分が持っている材料でいかに愉しめるか考えるほうが楽しい♪

自分が恵まれない境遇にいると、ついつい誰かを妬んだり憎んだりする感情に流されそうになる。

以前はその感情を押し殺して、いいひとになろうとする自分がいた。

いまはどうかな?

今はとりたてて不幸でも幸せでもないと感じているせいか、リアルにかかわるひとたち、ブログを通して交流のある方々みんなそれぞれに美味しい野菜や、美しい花を眺めているような日々なのかもしれない。

さて、本日もお弁当作りましたよ♪

糠床は素敵だ。うす紫大根の色を損なうことなく、むしろ引き立てているってのがとてもいい。

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