最近ひとつ腑に落ちたことがあった。
ちょっと俯瞰してみると、実は結構な割合で「作文」だと気づく「ある人」の発言。
どうしてそこまでして、ハッタリや虚構を積み重ねるのかずっと理解に苦しんでいたのだが…
そこには、「あるターゲット」を「洗脳」したがる「ある人」の「明確な意図」が存在していたのだ。

「ある人」や、それを取り巻く家族の華麗な経歴やら、キラキラした生活。
たとえば、何らかの分野に突出しているからといって、その人が人間的に素晴らしいわけではなく、むしろそんな人ほど、凹凸が出来やすいため他の能力が欠落していることさえあるのに、なぜか「騙されてしまう人」は、「あの人に限って」とか、「あの人の言うことなら間違いない」とか、認知バイアスに陥っていることが多い。
特にSNS上における顔の見えないやり取りは、その人の一部しか見えていないにも関わらず、あたかもそれが、その人の全てであるかのように捉えられがちだ。
そして、「声の大きいその人」が、自信満々な主張をすると、「他人軸の人」はいつも簡単に懐柔されてしまう。
つまり「ある人」が日々発信している情報や、それに付随するツールは、「洗脳」する為の「装置」にすぎない。
なので出来ることなら、興味本位で覗くことすら危ういのではないかと思ったりしている。
これはもう、「くわばらくわばら」と呪文を唱えながら、一目散で逃げるべきコトなんじゃないかと。
最近の傾向として、見るからに怪しそうな人よりも、一見親切でいい人そうな人、いかにもリッチな暮らしをしている人が、実は「ヤバい奴」だったなんて事例が後を絶たない。
だから、「自分は疑り深いから大丈夫」なんて思っている人に限って騙されるコトも多々ある。
それぐらい詐欺の手口も巧妙化しているので、ネット上で知り合った人を簡単に信用してはならないし、逆に、本当に「幸せな人」は殊更騒ぎたてることもなく、静かに暮らしていると思ったほうがいい。
昨日ニアが帰宅したので、今日は生姜の収穫をした。採れたての生姜ってこんなに美しいとは知らなかった。あまりに美しいので、お向かいの奥さんに声をかけて、ひとつお裾分け♪

そして秋の草花も綺麗に咲いている。
紫色の花は、ノボタン・コートダジュール。
そして朱色の花は、フォーチュン・ベゴニアだ。

記事を書くにあたってフォーチュン・ベゴニアについて調べたら、またひとつ知ったことがあった。
なんと、このベゴニアには、雌花と雄花があるらしい。八重咲の花が雄花で、一重の花が雌花。なのでこのベゴニアは、一株で2種類の花を楽しむことが出来るのだ。些細なことだが、ちょっと得をした気分になった。
ちなみにこのフォーチュン・ベゴニアは、サカタのタネの球根ベゴニアで、別名・ガーデンの女王と呼ばれている。
生姜、ノボタン、ベゴニア…嘘のない「美しさ」の前には、どんな精巧に出来た「フェイク」も霞んでしまうものだ。


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