癒されたいから

本日は猛烈な怠さに追い討ちをかけるように、外は強風、隣のビルの工事の振動が地震のように響いていた。

とうとう緊急事態宣言も出され、そして米国では連邦州議会にトランプ支持派が乱入するという前代未聞の事態が起きた。

表面的には普段と変わらない日常が続いている一方で、世界中に不安と不満が蔓延している。

さらに言えば、一旦決まりかけたビジネス目的の外国人の入国停止措置も、そのまま継続するようだ。

どうして政府は一般の国民にだけ不自由を強いるのだろう。この狭い島国の中で、誰もが誰かの行動にビクビクするような空気を作っておいて、他方ではビジネス目的という名の下に外国人を入国させる。

“働けどはたらけどなお、わがくらし楽にならざり”

ではないが、国民がどれだけ不要不急の外出を避け、マスク、手洗い、消毒を頑張ったところで、海外からのお客さまには厳しく対処しないのでは、いつまでも終わりが見えないではないか?

もういい加減腹がたってきた。

しかし、怒りは自分を疲弊させるだけだから、、、今はひとりで過ごす時間を豊かにすることを考えたい。

今日のセカホシは、セルフリノベーションのお話だった。懐かしいパリの風景、そして、おうち時間をすごす達人たちのこだわり、日本では、和紙から作られたリノベーションの素材たちが。今あるものを活かす発想はモノだけではなく、実は人間自身の再生にも繋がっている。

何かに癒され、穏やかな気持ちを取り戻すことは、自分を取り戻すこと。

このコロナ禍、たしかに満員電車は怖い。しかしテレワーク出来ないからと不満に思う必要もない。家にいたらいたで、わたしと同じようにパートナーとすごす時間が苦痛な人もいるのだ。

大切な家族と仲良く暮らすのは理想だけれど、みんながみんなそう出来る訳じゃないし、それを出来ないからと罪悪感を感じる必要もない。

何によって癒されるかなんて、それこそ十人十色で、これが正解なんてないし、誰かの価値観を押し付けられたくもない。

とはいえ、そんなわたしの価値観を誰かに押しつける気持ちも毛頭ない。

要は各々が各々の方法で自分が癒される場所を見つければいいということだ。

Blue Dayはネガティブなわたしが元気になってしまいがちだが、まあそういう日もあるってことで。

そもそも私はいい人ではない。もちろん犯罪者でもないが、、、ひとり時間以外は妙に気を使ってしまうから疲れやすい。

わたしにとって癒しとは、ひとりになる時間なのかもしれない。

ひとりでもひとりぼっちじゃない。

誰しも自分の中にいろいろな自分を抱えているのだから、そんな隠れた自分たちを解放してあげることも必要なんだと思う。

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