卒業

昨日はヤバかった。今わたしが何かを相談出来るのは次女と友人。相談出来る人がいるだけありがたいと思う。

今でこそ、次女とはなんでも話せる関係だけど、彼女は高校生の時はなかなかやんちゃで、大学も行かないと言ってたぐらい。でも、どこでもいいから大学に行くべきと後押しした。言ってはなんだが、次女が通った大学はかなり緩い雰囲気のところで、同級生も留年したり、退学したりと、お世辞にもいい大学とは言えなかった。

でも、彼女は周りに流されることなくひとつも単位を落とすことなく立派に卒業して、大卒の資格を得た。彼女の卒業式の晴れ姿を見た時、言葉にはならないくらい嬉しかったことを今でも覚えている。

どんな場面でも諦めず継続して、一定の結果を出すことが大切と思うから、彼女は彼女なりに頑張ったことに価値があると感じた。

その後、彼女は金融コンサル系の仕事に就いた。FPや証券外務員資格はもちろん、私も知らないような検定の資格を取ったり、株や投資信託を自分で買ってみたり。。。高校生の頃を考えると想像もつかないくらい、堅実な大人になった。

私がネット証券でポイント投資を始めたのも彼女の勧めがあったから。

私にはひとつ憧れていることがある。

それは、自分以外の家族から、私がいろいろ教わることである。

Dを除く、家族(子供たち)はみんな私の料理を褒めてくれる。次女はいつも私が作る何の変哲もないカレーが一番美味しいと言ってくれる。

彼女は今、都内暮らしで、今はコロナ禍でテレワークになってほとんど外出しない生活を送っているが、以前は時々高級なレストランでお食事をしていたらしい。その値段を聞いてびっくりしたくらい。

さすが独身貴族といった感じなのだが、、、その彼女が、うちに帰ってきて食べたいとリクエストしてくれるのがカレーなのだ。

息子は、、、まあそれは私の仕込み?もあって、かなりグルメ。そしてかなり偏った嗜好の持ち主である。そして、それに拍車をかけたのが、、、大学が金沢だったということ。

息子からの情報によると、金沢は本当に食が豊かな場所だという。だから私の作る料理など、本当にどうってことないと思うけれど、、、たまにボソッと、「お母さん、料理上手だよね」と言ってくれる。

娘にしろ、息子にしろ、私の料理を本当に美味しいと思ってくれているのかは定かではないが、、、そこには、私が作る料理に対するリスペクトがある。

金銭面では確かにDの所得から子供たちに恩恵が与えられていたのは間違いない。しかし、それ以外の部分、、、クラブチームや部活やお稽古や、高校、大学受験、スマホの契約から何から、、、書類関係や主に食事に関すること全て私が担ってきた。

DがIT系が苦手なので、PCやWi-Fiの設定など、普通のお父さんなら難なくこなすようなことも、私がやってきた。


そして、なんといっても旅行に関してはかなり詳しくなって、下2人の子供の卒業の時に、用事のあった長女を留守番にして、4人でイタリア旅行に出掛けた旅のスケジュールの一部が、当時の「地球の歩き方 北イタリア編」に掲載されたこともある。

あの時は、エミレーツ航空の南周りで、ヴェネツィア→フィレンツェ→ローマを縦断した。そして、航空会社のチケットが割安だった分、ホテルは全て五つ星。特にローマで泊まったマジェスティックは、イタリア映画「甘い生活」のロケ地にもなったヴェネト通りに面しているとても趣きのあるホテルだったことを覚えている。


こんな感じで私は誰にも聞けず、何もかもほとんど独学で、自分で調べてやってきた。分からないことがあれば、寝る間も惜しんで調べたり、試したり。

だからかな?安易に人に聞いてくる人がとても苦手になった。

でも、ずっとずっとそうやってきたけれど、もうそろそろ、そういった沢山抱えてきた荷物を少しずつおろしていきたいと感じはじめている。

だから、今、私は、子供たちが、私がとても敵わないくらいの、なんらかの知識やスキルを身につけてくれて、それを自信たっぷりに私に披露してくれる日を夢見ているのだ。


長女とは、もうきっと分かりあえないだろう。私自身は彼女に謝る必要も感じていない。もちろん人間だから、私が100%の育児を出来たなんて思ってはいない。

でも、私は20歳から、この30年以上に渡り、それこそ見様見真似で、悩み苦しみながらも家族のサポートをしてきた。

私の母は、ある血液系の疾患で54歳の時にこの世を去っている。そして、父もその2年後に他界している。

4歳下の弟がいるけれど、、、私たちは両親が亡くなってから、ずっと何も頼る者もなくそれぞれの生活の為に頑張ってきた。

そして気がつけば、もうあと2年で私が母の年齢に追いつく。

本当は早く大人になんかなりたくなかった。でも、親になって、親も亡くし、大人になるしかなかったのだ。

だから、たとえ至らない母親であったとしても、たとえDや長女が認めてくれなかったとしてもその30年を全否定される筋合いはないし、私の人生に何も恥じることなんてないと思っている。

全てを乗り越えて、飲み込んで、とても綺麗な女性に成長して、素敵な笑顔を見せてくれた次女の卒業式のように。

そう、昨日、私は、長女の母親から卒業したのかもしれない。

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