酷すぎる閉会式

今回東京オリンピックで日本代表のアスリートたちは、さまざまな逆風の中みんなそれぞれの最善を尽くし健闘した。

わたしは、その結果を横目でみるくらいの立場でしかないが、世界中のアスリートの為と思えば、オリンピックはやって良かったのかも。なんてぼんやり考えていた。

しかしオリンピックの閉会式は、、、開会式の出来を考えれば期待出来ないだろうと予測はしていたけれど、、、これほど酷い終わり方をするとは思ってもみなかった。

そもそも開会式と閉会式両方に鎮魂のダンスを入れなければいけないルールでもあるのだろうか?

開会式の森山未來さんの踊りは意味不明、、、今回の緑色のワカメみたいな生き物?のひとに至っては、失礼かもしれないが醜悪という言葉しか浮かんでこなかった。

これを間近で観ることを余儀なくされたアスリートたちが気の毒でならなかった。

閉会式はオープニングで色とりどりの各国の国旗が先に入場し選手たちも終始リラックスムードで緊張する競技を終えた開放感に満ちていたのに。。。

広い競技場のスケールを全く活かしきれていない統一感のない素人の学芸会レベルのダンスと演奏。今回初めて五輪競技にとりいれられたBMXもある中、余興のようなBMXのパフォーマンスをみせられて、アスリートたちはそれをどう感じただろうか。

そして最後の大竹しのぶさん。最終ランナーの大坂なおみさんも違和感だった。がまだ彼女はオリンピックに参加するアスリートだったからおかしくはない。しかし大竹さんは本業はアスリートでもなければ歌手でもないのに歌唱から寸劇まで長い尺を使って締めくくる役割を担っていた。

確かに女優としての大竹しのぶは唯一無二の存在かもしれないが、だからといってこの世界中が見守る中でのパフォーマーが彼女でなければいけない合理的な理由をどこにもみつけることは出来なかった。

それと比較するとフランスのPR映像はいまある観光資源を活用する試みが分かり易くコンパクトに表現されていて、センスの差が歴然だった。

しかし、前回リオの閉会式での日本のパフォーマンスのクオリティであればきっとこんな恥ずかしいことにはならなかったに違いない。

国民からすれば、多額の税金が投入され、半ば強制的に徴収されるNHKの受信料も費やされ、コロナ禍で無理な運営のとばっちりを受けた挙句、世界中に日本の恥を晒されたようなものだ。

かつてこれほど政府や一部の企業の横暴に対して憤りを感じたことがあっただろうか。本当に酷すぎると思った。

おそらくあのイベントを真面目に観ていたとしたらほとんどのひとは同じような感想を持ったのではないだろうか。


まあわたしひとりが憤ったとしてもどうにもならないので忘れるしかないけれど。でもこれからもずっとこんな世界が続くとしたらきっと日本は終わってしまう。

終わるといってもわたしが生きている間に滅亡するとかそういう意味ではない。

生きていても死んでいるのと変わらないような気持ちになることもある。

北斗の拳のケンシロウではないが、「お前はもう死んでいる」なんて世界が実はひたひたと押し寄せてきているような嫌な世の中になってしまったのかもしれない。


閉会式が終わって世界ふれあい街歩きのパリのパサージュの映像が映しだされた。

フランス人は革命も起こすが同時に古き良きモノも大切に守り続けていると、あの迷宮のようなパレロワイヤルを歩いた時に感じたことが思い起こされた。

日本人が愛してやまないモネが大の日本通だったことはあまりにも有名な話だが、そんなパリの芸術家たちに多大な影響を与えた日本の文化が確かにあったはずなのに。

今回のオリンピックは図らずも今の日本の病巣をはっきりと浮かびあがらせたようだ。

あの気持ち悪いパフォーマンスは私利私欲の亡者と化したひとたちのこころそのもの。

そう考えればそれもまた天の配剤なのかもしれない。

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