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大台超え

出来るだけ考えないようにしていた。

個人的には、やれることはやってきた。今年の2月くらいから、ずっと自粛やうがいや手洗いマスクもしてきた。

それでも、大台超えには驚かされている。

そして今となっては何より怖いのがコロナというより人のこころ。

感染した人たちに対して過度な批判をぶつけたり、外食や旅行や何もかも。。。悪のような目で見るこころだ。

医療や介護、、、そして子供たちを預かる保育の現場。いくらテレワークを推進されても出来ない分野もある。

観光だけでなく、ビジネス向けの宿泊施設にしても、軽症患者を受け入れるところも、、、ただ怖いと一方的に言われる側の立場になってほしい。

もはや今となってばどんな生活を送っていたとしても、誰もが同じように感染のリスクに直面している。

諦めというか、、、もう腹を括ったほうがいいかも。

子供たちがまだ小さかった頃、たまに食事に行ってた和食の美味しいブッフェレストランがあった。娘からそこが閉店したと知らされた。大切な思い出が消えてしまったようでとても悲しくなった。おそらくこのままコロナによる経済活動の停滞が続けばこのような例が後を絶たなくなるだろう。

私はまだ行ったことがないエジプトでも、国のトップが旅行者を受け入れない政策に舵を切った結果、馬やラクダが餌も与えられず痩せ細りついには死に至っているという。ということは人間にもそのような状況が迫ってきているということだ。

何が正しいのか、間違いなのか、だんだん分からなくなってきた。


そしてここに来て高齢化の波も一気に押し寄せてきている。老人ホームの利用者にドーナツを提供して、刑事責任を問われた准看護師の方。誰も利用者さまを死に至らしめようなどと思って働いている人はいないだろう。

人間だものロボットじゃないのだからミスすることもあるだろう。もちろん、細心の注意を払うことが前提となっているが、薄給、人材難の中働いている人々をどこまで萎縮させればいいのだろうか?

自分たちの家庭で面倒を見れないぐらい介護が大変だから、老人ホームに家族を預けているのではないか。そこで働く人たちに対してどうしてそこまで情け容赦なく責めることが出来るのだろう。

緊急事態宣言の時、みんな一丸となって頑張った。今、感染者は増えてきているとはいえ、重傷者、死者の割合はそれほどでもないという。

高齢者のいらっしゃる家庭の心配は痛いほど分かるし、わが家のような高齢者予備軍のいる家庭でも明日は我が身だ。

しかし今、本当に、コロナで死ぬか、経済的な理由で死ぬか、精神的に追い詰められて死ぬか、、、たくさんの圧力に囲まれて、本当に苦しくなっている。

でもだからこそ、こんな時こそ、誰かに対して優しさを持つべきなのだ。

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のように、どんな悪人でも、アリを踏み潰さないぐらいの優しさを持ち合わせている。その優しさゆえにお釈迦さまは、蜘蛛の糸を地獄に下ろして罪人を救おうとした。

しかし、われ先にと救われようとした罪人たちの重さでその糸はプツリと切れた。自分だけ助かればいいと思っていたら結局は誰も救われないのだ。

情けは人の為ならず。まわりまわって自分自身を救う。単なる精神論ではなく苦しい今だから、冷静に物事を判断する目を持たなければいけない。

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

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