6話目で

やはり、まーくん(岡田将生)は役者さんだ。

イケメンの陰に隠れているが、確実にステップアップしてると、、、タリオの6話目で演じた黒岩の演技が素晴らしかった。

惜しむらくは相手役が浜辺美波ではなく、もう少しセリフまわしのちゃんとした人で、キレのあるコメディパートを織り込んだ脚本で見たかった。

それにしても、、、目には目を、歯には歯をのハンムラビ法典における、、、単純な復讐を煽る法などではなく、むしろやりすぎてはいけないという抑止力を働かせる為の法だという解釈にはっとさせられた。

そして、正義もその受け手にとっては悪になりうることも、フェアである前に、そもそもアンバランスで不安定な人間の性。

それらを切々と説く黒岩の語りは圧巻だった。

そしてなんと言っても復讐者、荒川良々が演じた赤川というキャラクターが凄まじすぎてリアルすぎた。復讐を成し遂げたあとのあの空虚な表情、、、ドラマであるにもかかわらずなんともやり切れない気持ちになった。

唐突ではあるが、ここにきて哲学的な書籍を手にしてみたくなった。

昔、ゲーテの『ファウスト』や、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』などを読んでなかなか消化しきれないものを感じたことがあったが、今改めてこれらを手にしてみたら、自分なりの新たな発見があるのでは?と思った。

ニーチェと言えば、『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。』という明言を残した方である。これまた、なんとも本当に深いお言葉である。ミイラ取りがミイラにならないように、どこかで立ち止まり引き返すことも立派な勇気だ。

これもまた、目には目を〜に通じるものがある。やられたらやり返す、何倍返しにする半澤直樹のように出来たらどんなに清々して、溜飲を下げる思いになるかしれない。

しかし逆にそれをうけた側の立場に立てば、自分のしたことの何倍にもなって仕返しされるというのは納得のいかないことのように感じられるのではないか?

罪は罪として、罪を憎んで人を憎まずの精神も大切にしたい。もちろん、常識の範囲内のことであるが。

おそらく私はフェアであることを好む人間だ。しかし、自分が好むと好まざるとにかかわらず、フェアでありたいと願うことと、客観的に見て自分がフェアかということは別問題なのだ。

タリオ6話を観て、いろいろ考えさせられた。正しくありたいと願う気持ちも、時には疑ってみることも必要なのだ。

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