夏の思い出

お盆も過ぎてもう8月も下旬になってしまった。息子は彼女と旅行に出掛け、、、その足でそのまま帰っていった。どこに旅行したかは内緒。もちろん私は知っているけれど、彼の旅の話は彼のものだ。

考えてみたら今年の大学4年は可哀想だ。2度と戻らないこの夏を思いっきり満喫することも出来ないのだから。

少し足を伸ばせば自粛警察に非難され、人によっては就職活動に支障をきたしてる子も大勢いるに違いない。

たった1年違いで天国と地獄くらいの差があるだろうし、おそらく年単位でその余波は続いていくだろう。

だから私は息子に、出来るだけ今を楽しく生きてくれたらいいと考えている。もう2度と戻らない2020年の夏を。。。


そんなことを考えながら、今年の夏は近場でお茶を濁して過ぎていくのだろう。まさに“諦めの夏“だ。

ちょっと憂鬱になってきたので、久しぶりに、村上春樹の紀行文を手にしてみた。

『ラオスにいったい何があるというんですか?』という題名のこの本は、彼が20年ほどの間に、いくつかの雑誌のために書いた原稿をひとまとめにしたものである。

パラパラと本をめくりながら、彼の旅に私自身の旅を投影しているような不思議な感覚に陥る。

「もしタイムマシーンがあったなら」に登場するNYのジャズクラブ。そのクラブのことは知らなかったが、私も初めて訪れたNYのタイムズスクエアにあるジャスクラブに一度だけお邪魔したことがある。

友人がことの他感激していたのを今でもよく覚えている。

「今、私たちはNYのジャズクラブでお酒を飲みながら現地の人たちと一緒に同じステージを観てるのよね♪」

私と友人は、元々ミュージカルや観劇好きなので、そのエンターテインメントの聖地のような場所に今自分たちが足を踏み入れていること自体が夢のような話なのだ。

そこに居るのにまだ実感が湧かないようなふわふわとした感覚。

そこには特別な光があり、特別な風が吹いている。何かを口にする誰かの声が耳に残っている。そのときの心の震えが思い出せる。それがただの写真とは違うところだ。それらの風景はそこにしかなかったものとして、僕の中に立体として今も残っているし、これから先もけっこう鮮やかに残り続けるだろう。

村上春樹

そう。あの時、テーブルのローソクの灯りのむこうから見えたステージには特別な光があった。

まさかあの時、今のコロナ禍のNYを誰も想像してはいなかっただろう。だから余計に、あの時間は特別だったのだと、今更のように感じられるのだ。

本当にあの一度きりのチャンスに乗っかって良かったと思う。

昔、『世界の中心で、愛を叫ぶ』という小説が映画化されたり、ドラマ化されたりしていた。その時の世界の中心は、ウルル(エアーズロック)だったけれど、、、私にしてみれば、世界の中心は紛れもなくNYだと、、、その時の風や音や匂いが感じさせてくれた。

百聞は一見にしかず。だから旅はやめられない。たとえ何度同じ場所を訪れたとしても、あの日、あの時は2度と戻らないから、、、自分の五感全体で受けとめる為に。

きっとそんな体験のひとつひとつが、心の中に澱のように堆積していくのだろう。

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