嬉しい悲鳴

今日も会社にお歳暮が届き、ひとり4キロほどのあきたこまちを持ち帰った。車通勤ならともかく電車の場合なかなかキツイ。

なので今回は途中下車して娘に2キロお裾分けした。

分け前にあずかる立場で言うのもなんだが、会社から会社へ送るお歳暮ってなかなか難しいなと思う。

今回はお米の他にハムが届いたのだが、既に冷蔵庫の中は飲み物で一杯になっていたのでスパークリングワインを出して仕舞うしかなかった。

流石にこれは社長が自宅に持っていってくれるだろうと希望的な観測をするばかりだ。

現在わが家は2人暮らし。しかもお弁当を作って出勤するような素敵な奥さんではないのでお米の消費は激減している。

ありがたいことだが、2台あるうちのひとつの冷蔵庫の野菜室はお米が占拠している。そしてこんな時に限って、最近は麺類が無性に食べたくなっているのでなおさら減らないのである。

とはいえこれは幸せなことだと思う。

先月、前の職場の同僚とお茶した時こんな話を聞いた。

最近、食材の調達先が変わったという。それでその新しい業者さんが、職員の試食用にと冷凍の焼きおにぎりを置いていったのだそう。

しかしそれを利用者さんの食材を入れる冷凍スペースに置いていたら、利用者が新人の世話人を半ば恫喝するようなカタチで提供させるという出来事があったらしい。

管理者に確認もせずそうしてしまった世話人にも問題ありだが、人をみて無理難題を言ってくるような利用者は本当にタチが悪いと思う。

貧すれば鈍する。

大の大人が、冷凍の焼きおにぎりぐらいのことで嫌な思いをするなんてなんだか寂しい。

片や以前同じ職場で働いていたわたしは、ありあまるぐらいのお裾分けにあずかって嬉しい悲鳴をあげている。

今の自分を自慢するとか、前の職場の同僚を見下すとかそういうつもりは全くない。

ただ世の中は常に無常がつきまとうものだと感じている。

誰を羨むことなく、誰も憎むことなく、どんな場面であっても何か良い部分を見つけて感謝する気持ちを持ち続けたい。

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