センチメンタル・ジャーニー
みなさんはセンチメンタル・ジャーニーという言葉からどんなことを思い浮かべるでしょう。わたしは、どうしても往年のアイドル、松本伊代さんを思い浮かべてしまうのですが、大元は、1768年に出版されたイギリスの小説家 ローレンス・スターンの旅行記の題名なんです。
その意味するところとしては、当時の旅行記というのは自然・風景・事実を書くのが主流であったのに対して、作者が“どう感じたか“という感情に重きを置いた、趣の異なる旅行記となっていたのが始まりだったとか。
深夜特急
そしてわたしの中で旅を題材にした文学といえば、やはりなんと言っても沢木耕太郎さんの「深夜特急」で、この本に出会わなければきっと旅に出ようなどと思わなかったかもしれません。
そして昔の歌謡曲だと「飛んでイスタンブール」や「異邦人」などは今聞いても旅情をかきたてられます。
深夜特急はのちに『劇的紀行 深夜特急』として名古屋テレビ開局35周年記念番組として、ドキュメンタリーとドラマを複合させるという試みで、1996年から1998年にかけて三部作で構成され、一年ごとにドラマ制作、放送されました。
主演は大沢たかおさん、主題歌は井上陽水さんの「積み荷のない船」。当時28才だった大沢さんが、若き日の沢木耕太郎さんを演じ、実際に主人公と同じ道のりを辿る等身大の旅をしました。
のちに彼は、自分の俳優人生に一番大きな影響を与えたのがこの作品だと述べています。
当時、わたしは絶賛子育て中で、旅に出る余裕などありませんでした。
しかしこのドラマをみて、『いつかわたしもひとり旅をしてみたい』と憧れを抱いたものです。とにかく主演の大沢さんがカッコよく、しかもドラマの中で回を追うごとに彼自身が人間として目に見えてスケールアップしているのが分かりました。
そしてわたしもコロナ禍以前は実際に何度かひとり旅をして、、、本当の自由や孤独について考える時間を与えられました。本当に人によりけりだと思いますが、わたしは群れるのが苦手なのだとその時あらためて実感しました。
時よ止まれ
よく働き者の日本人は何もしないを楽しむのが苦手と言われています。
しかし、わたしの場合、見てくれはバリバリ日本人で、外国語も得意ではありませんが、家にいても、旅に出てもどんな場面でも、旅をしているような気分で楽しめるという特性を持っているようです。その中には、何もしないを楽しむも含まれています。
受験勉強真っ最中の時に、受験には全く関係ない、ゲーテの『ファウスト』を読んで妄想の世界で旅をしていたなんてこともありました。
ファウストは主人公の名前ですが、わたしがこの小説の登場人物の中で最も印象に残っているのが、メフィストフェレスという悪魔。
そして、この小説の中で最も知られている名言は
「時よ止まれ、お前は美しい」
この台詞の意味は、最期の時を迎えた主人公ファウストは、「契約」を結んだ悪魔メフィストフェレスが、彼の死体を埋葬するための音を、領地を切り開く道具の音と思い違いして、人々の幸福のための貢献ができたと、その喜びから思わず口にしてしまった言葉なのです。
人生100年時代なんて言われていますが、こんなふうに何かに深く感動した瞬間に終わる生き方にもちょっと憧れてしまいます。
後年、友人とフランクフルトを旅した時にゲーテの生家が忠実に再現された『ゲーテハウス』を訪れる機会がありました。
なんとなく勝手な想像で、彼は質素な生活をしているようなイメージを持っていたのですが、彼の実家はかなり裕福なお家だったことがわかりました。
4階にある「詩人の間」。この部屋でゲーテは「ファウスト」初稿「ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」、「若きウェルテルの悩み」を執筆しました。ゲーテ愛用の机の上には、ゲーテとロッテのシルエットが飾られています。
ロッテは「若きウェルテルの悩み」のヒロインの名前ですが、この人物にはモデルになった人がいて、それがゲーテの永遠の恋人だったのでは?と言われています。そこからロッテという菓子メーカーの名前がつけられたことも知られています。
この小説、失恋をしたウェルテルがウィルヘルムと一緒に住んでいた街を離れ、感傷旅行をすることから物語が始まります。おおーここでセンチメンタル・ジャーニーに繋がりましたか。
シュテーデル美術館は、フランクフルトの銀行家ヨハン・フリードリヒ・シュテーデル(Johann Friedrich Städel) の遺言により設立されました。
元々はシュテーデルさん個人のコレクションが中心だったにもかかわらず、その美術品の数はおよそ3000点にも及びドイツ随一であり、国内では最も長い歴史を持つことでも知られています。
そんな美術館の中でもひときわ目立つ場所にゲーテの絵画が展示されているということは、ドイツ人にとって如何に彼が特別な存在であるかということが分かります。
ここには日本でも大人気のフェルメールの作品も展示されています。
編集後記
こうやって旅の話をしていくと時間がいくらあっても足りません。そしてたった一つの言葉から、さまざまな想像が数珠繋ぎのように浮かんできます。
センチメンタル・ジャーニーは狭い意味では失恋旅行・感情旅行などに言い換えられますが、もっと広い意味でいうと“心の旅“といえるのかもしれません。
花野風散りゆく時の残り香と
ため息に似た夕暮れの色
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