もやもや

昨日の逃げ恥スペシャルにはなんとなくもやもやさせられた。フィクションとはいえ旦那さんが当然のように育休を1ヶ月以上取ることを許されるような恵まれた会社なんて今の日本にどれくらいあるのだろうか?

そしてコロナ禍で赤ちゃんと実家に何ヶ月も疎開して、お互い悲劇の主人公?みたいな展開に酔っている家族の話なんか全く共感出来なかった。

もちろん今の時代の子育て事情は昔と違うことはリアル孫がいる立場で多少なりとも理解している。

だから思いっきりファンタジーでも構わないと思うのだが、そこに現在進行形なコロナ禍を加えてドラマの中まで憂鬱を持ち込むのはどっちつかずな気がした。

同じ憂鬱な展開なら、ゆりちゃんの子宮癌の話をもう少し丁寧に扱えば良かったのではと思う。短い時間で扱えるネタは限られてくるのだから、連ドラ時代のファンが気になっていたのは、コロナという現実よりも、愛すべきキャラクターたちのその後なのだから。

これじゃあ、奥さんは家事や育児や仕事が大変だから旦那さんは協力するのが当たり前とテレビを通して説教されているようにしか感じられない。

母だから父だからその役割を果たすのが当たり前というのが押し付けがましいし不快なのだ。

それぞれの仕事や家庭の事情があり、誰もが100%その役割を果たすのは難しいと思う。だから出来ないことを責めるのではなく、お互いがひとつでも出来たことがあったら認めることが大切なのではないだろうか?

トイレットペーパーが足りないと平匡さんを走らせてしまったのに、悪びれもしないみくりさん。それは男だから、女だからという話ではなくて、人として相手を思いやる気持ちの問題だ。

所詮ドラマだからという考え方もあるけれど、一体この脚本を書いたひとは視聴者に何を伝えたかったのだろうか?


駅伝ファンが多いこのご時世で、私みたいな輩はほんの少数派かもしれないが、家族とのエピソード等を流すような感情に訴えるような実況を聞くのは苦手だ。

この駅伝の為に4年間頑張ってきました。。。それって誰の為でもない。自分自身の為でしょう。それを殊更に持ち上げる必要もない気がする。単純に走るのが好きな人もいれば、希望の会社に就職する為に頑張っている人もいるだろう。

理由はどうあれ、彼らは自分自身の為に自分の意思で大学4年間を駅伝に費やした。ただそれだけのことだ。

ひとりひとりに、有名でも無名でも、それぞれにドラマがあってでもそれは誰かを感動させる為ではなく、ただ彼らは一生懸命頑張ってる。走ってる。そのありのままを見ればいいのではないか。

それを感動しろと言わんばかりに演出するのは押し付けがましく感じてしまうのだ。

それから、スタート地点こそ人の立ち入りは禁止されているものの、途中の沿道の何重にもなって選手を観に来ている人たちは一体何を考えているのだろう。

私の目が節穴でないなら、、、かなりの割合で高齢者もいらしたとお見受けする。この人たちがもしコロナに感染したら、また若者たちのせいだと言うのだろうか。

若者が悪になり、帰省が悪になり、GO TOが悪になり、近々緊急事態宣言が出されそうな様相を呈しているこの時期に、一箇所に固まって、コロナ感染のリスクを取ってまで観たい駅伝なのだろうか?

大晦日から3日に掛けていろいろともやもやしていたことがここにきて一気に吹き出した。

明日から仕事始めの方々も大勢いらっしゃると思いますが、くれぐれもご自愛ください。

はっきり言って、他の人がどうこうというより、わたしのような素人は、自分や家族を守ることで精一杯です。

でも、みんながそれぞれに、その心を貫き通せば自然と道は開けてくるに違いない。

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