ランチミーティングで

本日は、いつもの職場の同僚たち3人でジョナサンでランチミーティングした。とは言え元々この集まりは、先日の夜勤の出来事を想定してはいなかったが、結果的にミーティングになったというだけだ。

先日の利用者の話を3人で共有した。彼女たちは、わたしよりもより多くの日数勤務をしているので、わたしが担当したことのない利用者の情報、他の同僚の話も聞くことが出来る。

ということで、わたしは思い出した。以前自分のブログで書いた出来事を。

詳細は”クレームから見えてきたこと”で。


今年の4月末の職場での申し送り時、わたしはある同僚から、激しい𠮟責を受けるという、いわゆる職場におけるモラハラを体験している。

今回の問題も、実は、このある同僚。。。とりあえず同僚Aとしておこう。この人絡みだなあと、同僚と話していて気がついた。

過去の自分がこう書いている。

今、自分の身に降りかかる”目に見えない恐れや不安を払しょくすること”

同僚Aは、あの時わたしに、激しい𠮟責により恐れや不安を与えた。その人が、利用者のような心の弱い人たちに接したらどうなるだろう。

先日の、利用者の言葉を思い出してみよう。

「誰かが、あいつを使って俺を攻撃しようとしている」

繊細な利用者たちは、わたしたち健常者が思い及ばないようなこころで、何かを訴えていたのかなと。わたし自身の体験を振り返り、そして、いま、わたしの勤めるホーム利用者たちのストレスや憤りや。。。全てではないにしても、その恐れや不安を誘発するきっかけになっていたのではないか?

もちろんわたしは、彼女をホームから追い出そうとかそんなことは考えていない。しかし、ある程度原因が特定出来たなら、数少ないわたしの仲間の助けを借りて、必要とあらば管理者に相談して、このピリピリした空気を少しでも変えていけたらと思った。

わたしは、どうしてここで働いているのだろうと、ずっと考え悩んでいた。こころのうちで一部の利用者を軽蔑したりもした。しかし、それは本当にごく一部の人々だ。一方わたしは、無資格で経験の浅い世話人にすぎない。しかし、そんなわたしでも出来ることはある。そして、その出来ることから始めればいいのだ。

どうしてこんなことを考えたかと言えば、やはり春馬くんのことがきっかけだと思う。

彼がどうして亡くなったかなんて、なにかのせいにしたところで、彼は戻ってはこない。でもその出来事によってわたしたちは、言葉にならない何かを感じたはずだ。その言葉にならないこころに耳を傾けることが、きっと何者かに寄り添う第一歩なのではないだろうか?

今日これから、2か月ぶりぐらいに、連絡をとっていなかった同僚と話をすることになっている。

会社に何かを期待するより、まずは現場の同僚と話すことで道は開けると思う。なにも収穫がなかったとしても、バタフライエフェクトぐらいにはなるだろう。

わたしたち世話人が幸せにならなければ、利用者の幸せまでたどり着かない。

これが、本当のはじめの一歩だ。

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