モラルについて考える

自粛生活から解放され徐々に日常が戻りつつある今日この頃。そろそろ熱中症も気になる季節になってきたにもかかわらず、この高温多湿な日本でマスク必須の流れは元々暑がりな私にはかなり辛い状況となっている。

しかもうっかりマスクをしないで出掛けたりすると非常に強い罪悪感に苛まれ、逆にマスクをしないで歩いてる人々をみると出来るだけ距離を保とうと配慮してしまう。自粛後遺症というのか、それが習慣化されたからよしとすべきなのか、非常に難しいところだ。

これもそんな社会情勢の中での些細な出来事なのか。昨日駅に用事があってエレベーターに乗ろうとした時の話。

わたしよりも先にエレベーター前についた女性が、”長傘の先端”でボタンを押しているのを目撃した。???傘の柄の部分ならわかるのだが、、、長傘の先端ですよ。しかし押されてしまったものは仕方ないので一緒に乗り込む。そしたらその後。階数指定と、クローズボタンをまたもや同じ先端で。

流石にその程度でクレームを言うわけにもいかずそのまま通りすぎたが。よーく考えてみよう。

長傘の先端は通常床面などに接触する部分である。雨が降った時、それをもってトイレに行くことだってあるだろう。その先端でエレベーターのボタンを押すということは、もしかすると公衆トイレの床に触れたかもしれない部分で、ボタンを押すということとイコールだ。

わたしが神経質なのか?それともその方のモラルが低いのか?いずれにせよ。今まで意識しなかったが、エレベーターのボタンさえもどういう押し方をされているか分からないのだと気づかされた。

いろいろな意味で怖いので、出来るだけ自分の指先でボタンを押すのは遠慮しておこうと思った次第である。


いま、日本で最も注目されているのは、例の”多目的トイレ”だろう。あのご本人はなんの気なしに穴場と思って使用したのだろうが、今後わたしがそのトイレを見かけたらしばらくの間、少しクスッと笑ってしまいそうだ。と同時に、本当に”多目的トイレ”を利用している人たちの立場になると甚だ迷惑な話だと思う。

なぜなら、このウィズコロナの情勢の中、誰がどう使っているか分からない場所を使わざるを得ないことに対して余計なストレスを感じてしまうからだ。

マスクだけでも鬱陶しいのに、常にアルコール除菌剤まで持参したい気分に追い込まれるなんて迷惑千万だ。

不倫は、その関係者だけの話で済むが、日本には公然わいせつ罪という罪もあるし、いくら多目的とはいっても、他の使用者が不快に思うような使い方は慎んでほしい。そういう意味であの方のされたことは、公になってしまった以上、かなり罪深いことだと思う。

もちろんだからと言ってSNSで誹謗中傷を拡散されるような話ではないと思う。

ただ今回の一件は、わたし個人が目にした出来事と併せて、公共の場において、個々の行動に対するモラルの在り方について改めて考えさせられるきっかけとなった。

ひとつの出来事に関する捉え方も、本当に十人十色だ。自分がいいと思っても他の人は否というかもしれない。そういったことを頭の片隅にでも携えて、それぞれが心にもマスクを持ち歩くような気分でいるだけで、少しは息苦しさから解放されるかもしれない。

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