茶論で茶道体験

朝から雨が降っていたのでちょっと支度に手間取った。

予約時間5分前のほぼギリギリのタイミングで受付。次回からは時間に余裕を持って出掛けよう。

茶道といえば、正式なのは堅苦しく、着物に正座が定番なのだろうが、ここはテーブルで気軽に、師匠ではなく講師の先生がモニターでさまざまな豆知識を教えてくださる。

それでも素人な私には十分すぎるほど素敵な時間だった。

若干動機が不純かも知れないが、ここで提供されるお茶菓子が、なんとも素朴ではあるが、実はこだわりがたくさん詰まった和菓子たちなのである。

こちらの和菓子さんは、奈良の樫舎というところのもので、ここの和菓子を食べようと思ったら、奈良の萬御菓子誂処か、ここ茶論でお茶菓子として出されるのを体験するしかないのである。

単純なおばあちゃんは、それだけで冥土の土産と思ってしまいそうだ。

実はわたし、一応女子なのだが、スイーツはそれほど得意ではない。しかし、甘い辛いにかかわらず美味しいものには目がないし、それなりにはいろいろ食しているので、食わず嫌いではない。

さて、今日はパンケーキレンズをつけたわたしの相棒も一緒に参加している。講師の先生曰く、モニターの撮影は不可だけれど、他はご自由にお撮りくださいとのこと。お言葉に甘えてところどころで撮影させていだだいた。

新しいお茶の世界を覗く記念すべき第一歩を、これまたパンケーキレンズがどう切り取ってくれるのか。一度で二度美味しい気がしてめちゃくちゃテンションがあがった。

同席されたご夫婦の方々が暖かい目で見守ってくれたので感謝♪

まず講義が始まる前に、香煎という温かいさっぱりした飲み物をいただいた。本日は紫蘇。

そして思いのほか早い段階でお菓子が登場。

本日は栗きんとん。ほど良い甘さがなんとも言えず、この大きな楊枝のような道具をうまく使いこなせず美しくない食べ方になってしまったのはご愛嬌。

たかが栗きんとん、されど栗きんとん、同席された方々の様子を伺いながらそれなりの緊張感もあり、、、それがまたいい。

それから、講師の先生が美しい所作でお茶を点ててくれた。

そして、それをわけわからん、おばあちゃんは飲み干した。いやーなんともまろやかでほんのりと苦味もあって、結構なお手前でございましたわ。

珈琲は断然ブラック派のわたしだが、この抹茶の苦味が絶妙でクセになりそうだ。

そして、その苦味を味わっている間に自然に五感がフル稼働しているのを感じた。

今日は体験なのでほんのさわり程度のお話だったが、茶道の歴史についての知識も学んだ。古くは最澄から始まり、村田珠光、そして、千利休に至り茶の道は、ある種の美意識を研ぎ澄ます芸術へと進化していったように思う。

茶室に飾られた花、掛け軸、それぞれに意味があるという話を聴きながらしばし瞑想の世界に入ったような気分になる。

掛け軸の余白にも意味があること。不足の美を感じるこころ。

今コロナ禍で、おうち時間が増えている中で、こういった限られた空間の中で、心を無にしてお茶を点てる。ここでは時間も自在に伸び縮みしているかのようだ。

そんなことを感じながら、最後は自分でお茶を点ててみた。その前に、今度は干菓子が。可愛らしい鹿の模様が。小さいがなかなか甘味が強い。

先生のお手前とは比較にならないぐらい下手なのがバレバレだが、これでも自分で点てたお茶は特別美味しく感じるから不思議なものだ。

ありきたりな感想かも知れないが、休日のひととき、、、茶の湯の世界にふれ、忙しい日常を忘れることが出来る。こころの豊かさとはこんな時間から生まれてくるのかもしれない。

少しだけ何かを得たような気がした。

目に見えて何かが変わったわけではないけれど、それこそが癒しに繋がっていると思う。

おばあちゃんはこのあと、初級コースのチケットを買って、お稽古に必要なお道具を最小限だけは揃えた。茶碗は高価すぎて手が出なかったので、Amazonでポチッとしてみましたとさ。

よし、次はうちでお茶を点ててみるかな。わはは。そう、おうち時間は大切ですから。

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