英国館があまりに気に入りすぎて、去り難い気持ちを抑えつつも、次なる異人館へ移動。
ここは洋館長屋。
慶応3年(1868)、幕末の開港とともに西洋社会への窓口となった神戸。当初は海側に外国人居留地が整備されたが、港とアクセスの良い居留地エリアは次第にオフィス街となり、代わって外国人が住み始めたのが山側の北野エリア。
明治末期~昭和初期にはおよそ200余軒の異人館が北野に並び立ち、それぞれ本国の建築様式を反映した個性的な外貌を誇示していた。この洋館長屋は、その中の一軒。玄関を中心に左右対称に建てられた、2世帯が住めるアパートだった。
現在の建物は、造りはそのままに内装を一新。フランスの美術品を多数コレクションしている。
シックなフローリングに、ラベンダー色の壁が思いのほか明るい印象の1階フロア。
ナポレオン時代の家具や19世紀の調度品などのアンティークなインテリアが、邸宅調のしつらえに趣を添えている。今すぐにでもお客様をお迎えして晩餐会が始まりそうな雰囲気。
さきほどまでの英国館の様子とはガラリと変わり、ここでは貴婦人たちが夢見心地の時をすごす様子が目に浮かぶ。
意匠は、エミール・ガレやルネ・ラリックをはじめ19世紀末~20世紀初頭のアール・ヌーボーの巨匠たちによるガラス工芸品が、あちこちにディスプレイされている。有機的な美しい曲線、艶っぽく重量感のあるガラスの色や質感は、この時代特有のもの。
ほかにも、飴色の食器棚の中にはロイヤル・コペンハーゲンなどの名器がぎっしり。
さらに、19世紀初頭の燭台付き古典ピアノなどのコレクションが、フランスの悠久の歴史を感じさせる。
階段を上がってすぐの小部屋には、19世紀半ば、ルイ・ヴィトンの創業当時のトランクのディスプレイが。さすがに表面は古びているものの、まだまだ現役使用に耐えそうなしっかりした造り。こんなトランクにドレスを詰めて海を渡り、はるか遠い外国から日本にやってきた2世紀前の人々の心境に思いをはせる。
洋館長屋2階は、5つの部屋をそれぞれ異なるコンセプトでディスプレイした、アーティスティックすぎる空間が展開されている。
1階で洗練されたエレガンスに酔いしれ、2階でアーティスティックな空間にクラクラさせられ…この館では感性を揺さぶられるような体験をした。そしてその解釈は、それぞれ訪問者に委ねられる。そんなフランスの自由すぎるエスプリに完全にヤラれた。
それにしても、異人館のそれぞれが濃すぎて、脳がオーバーヒートしそうになってきた。
このときふと、あのアインシュタインの名言が頭の中を駆け巡った。
自分自身の目で見、自分自身の心で感じる人は、とても少ない。
チープな使い捨てのモノでは、けっして感じることの出来ないホンモノだけが持つ輝き。
この時ほど、審美眼を持つことの大切さを痛感したことはなかったかもしれない。
感動の波動は、ときに時間感覚を麻痺させることがあるようだ。きっとこの時わたしの魂は、はるか悠久の時の彼方に漂っていたに違いない。
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