醒めた

このところ仕事が面白くない。おそらくいろいろ分かってきて、自分の立ち位置を認識してきたからなのかもしれない。

前の職場の人々と比べたらそれこそ雲泥の差ではあるけれど、残念ながら何かを吸収したいと思えるような人がいないのだ。言い方を変えると、刺激が足りないというかなんだか物足りないのだ。

まあわたしは50過ぎのおばさんだし、これから伸びしろもなさそうだから今更どうにもならないかもしれないが、それでも諦めたくはないのだ。

今日、社長がわたしを呼ぶので何かしら?と思って行ったら、抹消を渡されてこれをPDFにして社長のフォルダに入れてという用事だった。超どうでもいい仕事だ。そして、最近時々フレイト調べも来るのだが、さほど儲かりそうもない中古自転車の見積ばかりで、調べたところで仕事になりそうもないのは私だって分かるくらいだ。

結局、クズみたいなどうでもいい仕事をさせて、わたしの自尊心を貶めようとしているのか、なんだかなぁと言った感じである。

しかし私の自尊心はそんなことで貶められると思ったら大間違いだ。私はどこにいても私で、誰かに服従するような人間ではないのだ。

たとえボロを纏っていたとしても、人としての誇りは失いたくはない。少し前までは卑屈になっていた時期もあった。しかし、どうあがいても自分の自尊心を屈服させることは出来ないし、それが私なんだと気がついた。

卑屈になることはない。そして必要以上に自分を大きくみせることもない。いつもありのままの等身大の自分でいたい。

そして最近は新しい仕事に対する興味が段々と失せてきた。それはなぜかと言えば安月給で拘束されている理不尽を感じるようになってきたから。超くだらない。

やはりいずれはここを去り、悠々自適な生活を送れるようなビジョンを描かないといけないと思った。

もちろん今はそんなにお金もないし、稼げないけれど何も考えなければ何も始まらないのだから。

とにかく今は自分のやりたいことをやるに尽きる。

そして今なぜ改めてそう思ったかというと、多分多少なりとも投資を始めたのでまた視野が広がりだしたのだろう。

現実的でない仕事の見積もりを取るより、たとえ少額でも自分の資金を運用するほうにベクトルを向けると、受け取ることの重さが違うのだ。

自分の中だけでも、実はたくさんの自分を抱えていて、その状況に応じて様々な役割を演じているのではないだろうか。

しがない事務員のおばさんを演じている時もあれば、トレーダー見習いになってゲーム感覚で相場の勉強をしている時もある。そして時には主婦に戻ってお買い物をしてみたり。たまっているドラマの録画を観たり。

そしてその役を演じきること全てが自分そのものを生きているということなのだ。

求めよ然らば与えられん。

自らの意思の赴くままに進んでいきたい。

さて、今日のお弁当♪

朝っぱらから、ささみカツを揚げた。面倒は面倒だが、テンションが上がるので悪くない。

そして、ジャーマンポテトもどきにしたじゃがいもがとても甘くて美味しかった。いい仕事をすれば必ず結果もついてくる。しがない事務員のおばさんのお弁当、、、実はものすごく贅沢なランチタイムを享受しているのかもしれない。そしてそれを誰も知らないってのが愉快、愉快♪

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