Azurで朝食を

自ら朝食の支度をする必要のない朝ほど素敵な朝があるだろうか。

ベットのスプリングの具合も、枕のふわふわ具合も、何もかも、こんな空飛ぶベットがあったなら乗って飛んでいきたいぐらいだ。

昨夜のクラブラウンジには若干物足りないものを感じていたので、正直朝食もそれほど期待してはいなかったのだが、見事に裏切られた。

今回、クラブラウンジ宿泊者のみが利用出来るフレンチレストラン Azurは、友人をして感動したと言わしめた。

今年初めに2人で出掛けたパリのホテルの朝食のひと時も思い出されなんとも言えない気持ちに。

とにかくひとつひとつの料理が細部に至るまで行き届いてる。食材のひとつひとつも厳選されており隙がない。インテリアもゴージャスというよりラグジュアリーに品良くまとめられている。

もちろんお金に糸目をつけなければこれらと同等以上の体験は容易かもしれないが、限られた予算の範囲内でこれだけのクオリティの朝食にお目にかかるのはそうそうできることではない。

大満足な朝食のあと2人は、普段絶対出来る筈もない食後のひと休みの時間をすごした。時間にしたら2時間弱くらいかしら。

さしてなんの目的もなく微睡んでいる時間は至福の極みである。

今は世の中ではGO TOが問題視されているが、首都圏などの都市部とその他の地域では事情が異なると思う。

首都圏はそもそも、通勤などで密な状況が発生しやすくテレワークにも限界がある。

一方、北海道でも、網走やその他の地域では人よりも鹿などの動物が多いんじゃないかと思われるようなところもあった。

そして、一番問題なのは、海外の一部地域から隔離もPCR検査もうけていない外国人の方々が入国していることである。国内でどんなに気をつけたところで、確実に海外からの移動があり、その方々が公共交通機関などを利用していることのほうが脅威である。

一方宿泊施設では、館内のエレベーター、エスカレーター等の除菌などスタッフの皆さんが涙ぐましい努力をされている。

今回の素晴らしい朝食も、そんな状況の中、少しでも密を避け、非日常を感じられたらというホテル側の粋なはからいだと感じた。

おうち時間も大事。しかし非日常を感じさせる試みもまた大切なココロとカラダの静養なのではないだろうか。


さて、お昼過ぎまで寛いだあと、せっかくなので備え付けのマシンでエスプレッソを淹れ、これまたサービスで置いてあるチョコレートをひとかけら口に含んだ。

部屋から見える日中の景色もまた趣がある。

さて、そろそろアフタヌーンティーの時間が始まるので、ラウンジに下りてみよう。

ラウンジの一番奥から見える景色は少しモノクロがかっている。

カーペットの模様にもまた光と影が交差してこの一瞬の時を刻んでいるかのようだ。

今回のラウンジでの締めはホワイトフラットで。

友人が何気なく呟いたひとことが心に刺さった。「フランクフルト のアウトレットにまたダウンコートを買いに行きたい」

まさかあの時こんな時代が来るなんて思ってもみなかった。後悔は先には来ない。いつも後からやってきて、心に影を落とす。

だから今はせめて粛々と、本当に気のおけない人とすごせたらいいと思う。

クリスマスの赤と緑がやけに目に染みる。

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