言葉が見つからない

息子の院試が終わり、今朝は比較的穏やかな朝を迎えたのだが、またDと些細なことから衝突してしまった。あまりに酷いので息子を呼んで間に入ってもらった。

あとから息子に、お互いの健康の為にも、お父さんとお母さんが一緒に暮らすのは無理だと思うと言われた。

こんなことを子供に言わせてしまうなんて、なんて酷い親だなあと思う。

でも、私も限界だ。これ以上Dに人間としての尊厳を踏みにじられて同じ空間に暮らすことはおろか、言葉も何も見つからない。

そして、追い討ちを掛けたのが長女の言葉。

“いつかお母さんの心に適切に寄り添えるように、共感について学習中だよ。今はあまり語彙がなくていいことばいいまわしが思いつかないけど、真摯にうけとめ行動するよ。
ではまた。”

なんだこの一見寄り添うような上っ面だけの言葉は。ポンコツ官僚のお祈りメールみたいだ。

今、目の前で溺れている人がいて、ではまたって言えるか?

結局この人の本質は、Dと同じだ。

もうこの世に段々未練がなくなってきつつある。今私が死んだら、本当に悲しんでくれるのは、きっと次女と息子と友人ぐらいだろう。そしてその人たちの顔が思い浮かぶから、辛うじてこの世に止まっていられるそんな状況だ。

でも、段々その理性の箍が外れつつある。何かきっかけさえあれば死ねるかもなんて妙な思考に取り憑かれそうで怖い。

これほどのSOSを感じたのは初めてだ。

生きるのが辛い。

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